にこにこにこにこ。
 すぐ近くで自分を見つめる男はひどく機嫌が良かさそうであった。男――六道骸は沢田綱吉のベッドサイドに座り、いつもの如くふらりと現れたと思えば、飽きることなくこちらを見つめ続けている。
 綱吉はその視線に隠すことなくうんざりとした顔を向けて、ぼそりと呟いた。

「……楽しそうだな」
「ええ、いつもなら僕の顔をみた瞬間に逃げ出す君が動けないのですから」
「……」

 いう骸の言葉に、ひくりと口の端を引きつらせたけれど、結局は彼のいう通りなので視線を逸らすことしかできない。
 今の綱吉の状態といえば、紛れもないほどにわかりやすい風邪を引いていた。今朝に目を覚ました時から感じていた気だるさと悪寒。熱っぽいな、と思ったのが最後。そのままとんとん拍子に39度という高熱にまで跳ね上がってしまった。そうなれば当然、というかなんというか。綱吉の異変にいち早く気がついた右腕がふらつく彼を発見して、いつにも増して必要以上な大騒ぎを起こしていたらしいのだが、熱で朦朧とした頭ではよく覚えていない。しかし、自分が覚えていないだけで治療だけはしっかりと行われていたらしく、意識を取り戻した時には随分と気分は良くなっていた。さすがボンゴレお抱えの医療チームだと感心する。だが、やはりまだまだ体調は万全ではないのが現状だ。だから綱吉は他の人間に伝染らないための配慮として、部屋には誰も近づけさせるなと獄寺に厳命を告げた。ならばそれは、当然獄寺にも当てはまることで。「自分が付いてるっスからご安心を!」と意気揚々と言ってきた彼にも容赦なく入室禁止令を出し、あからさまに落胆した彼の背中を見送ったまではよかった。そう、そこまではよかったのだ。
 だが、沢田綱吉は失念していた。どんなに強固なバリケードを施したとこでボンゴレファミリーの守護者たち――特に今目の前で呑気に紅茶を煎れている六道骸には無意味だということを。

(迂闊だった)
 内心で舌打ちし、綱吉はもぞりとベッドの中で寝返りを打つ。十年前から自身の身体を付け狙っている骸と部屋に二人きりという状況ははっきり言ってまずい。否、理由はそれだけではないのだが、

「クフフ、ボンゴレ。風邪の時は適度な運動で汗を流すのが定番だと思いませんか」
「ねえよ! そんな定番はないから!」
「まあ動けないボンゴレに選択権などありませんがね」
「おまえな……っ、げっほごほ、げふ!」
「おやおや、大丈夫ですか?」
「……誰のせいだと……!」

 相手の挑発に乗ってはいけないと長年の経験でわかってはいるのに、それ共に培ってきたツッコミ体質な自分が恨めしい。
 綱吉は咳と自分を落ち着かせるように、呼吸を繰り返した。嗚呼、折角下がった熱が再び上がってきているような気がする。

「仕方ありませんね。ならばここはもう一つの定番で、うさぎさんリンゴにしましょう」
「……は?」

 意味が分からない。
 しかし骸は綱吉の理解が追いつくのを待たず、どこからか取り出したリンゴとナイフでもってその刃先を差し込んだ。半分から更に三等分に切り分け、宣言通りのうさぎさんカットを拵える。それらを再び手品のように取り出された皿に並べ、一つのうさぎさんリンゴを手にし、骸はにっこりと笑ってみせた。

「さあボンゴレ。食べさせてあげます」
「待て! なんだこの展開おかしいだろ!?」
「何をいいますか。いつもは僕を見るなり逃げ出すボンゴレが動けないこの状況で、嫌がらせをしない手はないでしょう?」
「 そ れ が 本 音 か 」

 低く、呻くように言い返す。が、当然骸はどこ吹く風のように気にした素振りを見せず、綱吉の口許へうさぎさんリンゴを押し付けてきた。

「クフフ、安心してください。とりあえず毒は塗ってませんよ」
「……」
「ああでも、毒が塗ってあってもキスで目覚めさせればいいんでしたっけ?」
「ば…っむぐ!」

 押しつけられたリンゴを頑なに唇を引き結ぶことで拒絶していたにも関わらず、骸の言葉に反応して思わず口を開いてしまった。
 当然その瞬間をこの男が逃すわけもなく。
 そのまま強引に口内へ突っ込まれたリンゴを仕方なく受け入れ、綱吉は租借し始める。

「おいしいですか?」
「……まあな」
「それなら、もう一つどうぞ」
「……それは遠慮する」
「ああ、口移しがご所望ですか」
「何でそうなる!」
「クフフフフ」

 叫ぶ綱吉を無視をして、骸は二つ目のリンゴを押し付けてきた。クフフフフ。絶えずいつもの笑みを浮かべる骸には、毎度のことながら逆らえるはずもない。結局は全てのうさぎさんリンゴを完食させられてしまった。

 そうしてこの数分後。骸が入室禁止令を出していたにも拘わらず、お粥を持って部屋にやってきた獄寺とはち合わせてしまったために起きた軽い(?)内輪揉めの影響で、綱吉の風邪が悪化したのだった。




(俺、何も悪くないのに!)





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20090130.なづきえむ